2024.08.09

【研究室訪問】希少ながん細胞を捕獲する技術を研究開発!
工学の視点から医療へアプローチ –

東京農工大学 生命分子工学研究室

吉野知子 教授インタビューTomoko Yoshino

吉野先生はどのような研究に取り組まれているのですか?

私たちの研究室では、がん診断・治療に向けたリキッドバイオプシー技術の研究開発を行っています。リキッドバイオプシー(液体生検)とは、血液や尿などの液体サンプルを採取し、その中に含まれているがん細胞やがん細胞由来の物質を解析するがん診断技術の1つです。私たちはリキッドバイオプシーのバイオマーカーである血中循環腫瘍細胞(CTC)という希少ながん細胞(血液細胞10億個中に1つの割合で存在)に着目し、患者血液からCTCを効率的に回収、遺伝子情報を取得する技術を開発しています。


これまでにCTCと血液細胞の大きさや変形能の違いを利用してCTCを選択的に回収するマイクロキャビティアレイの開発に成功し、様々な固形がん患者の血液からCTC回収が可能となっています。さらに、マイクロキャビティアレイ上のCTCを光硬化性ハイドロゲル(特定の波長の光を照射すると固まるハイドロゲル)により包埋し、目に見えない単一細胞を目に見える大きさのハイドロゲルに埋め込むことでCTCをマイクロキャビティアレイから単一細胞として確実に分離する技術も確立しています。

この研究はどのように役立つのでしょうか?

がんの診断において、患者への負担が大きいバイオプシー(生検:病変部位の組織を採取して解析する方法)を複数回実施することは難しいのですが、この技術を使用したリキッドバイオプシーですと、低侵襲で負担が少ないので繰り返しの検査が可能になります。それにより、抗がん剤の効果といった患者の治療状況をより詳細に把握できる上に、得られた遺伝子情報を解析することで、がんそのものの機構解明にも役立ちます。また、マイクロキャビティアレイはがん細胞だけでなく、生体内の様々な希少細胞への応用も可能ですので、今後、生命科学分野における革新的な研究支援技術としての汎用化を目指しています。

工学部で「がん」を研究する意義について

工学部の強みは「必要とされる技術を形にできること」です。医学と工学が連携することで、患者の診断や治療のために「欲しい」とされる技術をいち早く形にすることができ、医療現場への実践導入が可能になります。最初は研究室で少数サンプルを自前で組み立てるところから始まりますが、有効性を示すことができれば、企業と連携した大量生産も視野に入れた開発へ進むことができます。また、がんの診断や治療に関わる技術はどうしても高額になってしまうのですが(保険適用範囲内では人生で1回しかできないほどの検査もあります)、材料選定から関わることができるモノづくりの強みを活かした原価低減にも取り組むことができるため、間接的に多くの人々に医療の恩恵をもたらす支援ができるのです。このように多角的な工学の視点から、最先端の医療へアプローチすることは十分に可能です。

吉野先生が研究へ興味を持ったきっかけは?

私が研究を意識し始めたきっかけは、高校生の時に読んだ生命科学者の中村桂子先生の雑誌でした。祖母が時々送ってくれた生命研究系の雑誌である「生命誌」に掲載されていたもので、生物の多様性や進化の話、細胞の中に詰め込まれたDNAの話など、生命の神秘に魅了され、生命科学に興味を持ちました。その時に抱いた気持ちを胸に、今も研究を続けています。

高校生へメッセージをお願いします。

ついつい日本国内で自然と耳に入ってくる内向きな情報ばかりに目を向けがちになりますが、もっと世界の動きを知るためにも、外向きな情報収集を行ってほしいと思っています。サイエンス…生命科学の分野はまだまだ誰も見つけていない宝がたくさん埋まっています。「まだわかっていないことや誰もやっていないこと」こそ、興味を持って挑戦してほしいです。

吉野 知子(よしの・ともこ)

東京農工大学 工学部生命工学科 教授

東京農工大学大学院 工学教育部 博士後期課程修了
博士(工学)(東京農工大学)
専門分野:生物工学・分子生物学
趣味は旅行やキャンプ、美味しい物を食べることです。

■研究室紹介
東京農工大学 生命分子工学研究室


バイオ分析デバイスの開発や微生物を用いたナノマテリアル創製を行い、医工連携・産学連携を推進しています。特にがん患者の血中に流れる希少ながん細胞の遺伝子解析技術・デバイスを開発し、新たながん診断マーカーや創薬ターゲットの探索を目指しています。

(取材実施 2024年5月)

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